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大阪家庭裁判所 昭和35年(家)5524号 審判

申立人 長井花(仮名) 外二名

相手方 長井うき(仮名) 外二名

主文

(1)  被相続人亡長井辰男の遺産たる別紙物件目録表(1)及び(2)の各物件を、同各表の分割欄のとおり当事者に分割する。

(2)  相手方長井幾男は、相手方長井うきに対し七、八七二、八二一円、相手方長井はつに対し三、三八三、二五一円、申立人長井花同山田きみ及び同小川ちづに対しそれぞれ一、五三四、五四一円ずつの債務を負担する。

(3)  相手方長井幾男は、即時相手方長井うきに対し、前項の債務のうち一九二、八二一円、相手方長井はつに対し、前項の債務のうち二六三、二五一円の支払をせよ。(この支払を遅滞するときは、年五分の割合の遅延損害金を附加して支払うものとする。)

(4)  相手方長井幾男の相手方長井うきに対して負担する債務のうち七、六八〇、〇〇〇円は、本審判確定の日から一五年間据置くものとし、その間、相手方長井幾男は、相手方長井うきに対し、月三二、〇〇〇円ずつの利息金を、当月末日までに支払せよ。

(5)  相手方長井幾男の相手方長井はつに対し負担する債務のうち三、一二〇、〇〇〇円は、本審判確定の日から五年間据置くものとし、その間、相手方長井幾男は、相手方長井はつに対し、月一三、〇〇〇円ずつの利息金を、当月末日までに支払せよ。

(6)  相手方長井幾男は、相手方長井うきに対し(5)の期間が満了したとき七、六八〇、〇〇〇円、相手方長井はつに対し、(6)の期間が満了したとき三、一二〇、〇〇〇円の支払をせよ。(この支払を遅滞するときは、年五分の割合の遅延損害金を附加して支払うものとする。)

(7)  相手方長井うき、同長井幾男及び同長井はつは、申立人長井花、同山田きみ及び小川ちづに対し、別紙物件目録表(1)及び(2)の各の三の宅地及び建物の明渡しをせよ。

(8)  本件調停及び審判費用のうち鑑定人佃順太郎に支給した鑑定費用三〇、〇〇〇円は、そのうち三分の一を相手方長井うきの負担、その余を他の当事者の一五分の二づつの負担とし、それ以外の調停及び審判費用は、当事者各自の負担とする。

理由

第一申立の要旨及び申立人らの主張等

申立人三名は、被相続人長井辰男の遺産について適正な分割の合意を求める旨調停の申立をし、その原因として(1)のとおり、審判における分割についての意見等として(2)のとおり主張した。

(1)  調停申立の原因

一、被相続人は、別紙物件目録表(1)の二、三、四の宅地、別紙物件目録表(2)の三(ハ)(ニ)及び下記建物を所有していたが、昭和三〇年五月一五日に死亡した。(以下物件の呼称について別紙物件目録表を略して、単に(1)の一(イ)のごとく略称する。)

(い) (2)の二地上所在

一、木造瓦ぶき平屋建本家一棟

-建坪一一坪-

(ろ) (い)の附属建物

一、木造瓦ぶき三階建本家一棟

-建坪二三・八六坪、二階坪一八・五七坪、三階坪一六・四六坪-

二、本件の当事者は、被相続人の共同相続人であつて、相手方うきは妻、相手方幾男は長男、申立人花は長女、申立人きみは次女、相手方はつは三女、申立人ちづは次男亡小川又八の長女である。

三、上記本件の遺産は、相手方うき及び相手方幾男が占有して、申立人らの遺産分割の申出に応じないので本件申立に及ぶ。

(2)  審判における分割についての意見等

一、申立人らは、(1)の三(イ)の宅地及び(2)の三(ロ)(ハ)(ニ)の各建物を、申立人ら三名の持分等分による共有として分割を求めたく、この場合、申立人ら三名の相続分の価額とこれら物件の価額との差額は、相手方らから補償さるべき筋合のものであるが、これが請求権は相手方幾男のために放棄する。

二、もつとも、(1)の二(イ)の宅地部分は、申立外林英一との間においてその所有権の帰属について争があるので、将来万一この宅地部分が被相続人の生前同人に譲渡せられていたことがあるとしても、これが担保の責は申立人ら三名に関する部分については、相手方幾男において負担することを、上記補償請求権の放棄の条件とするものである。

三、(2)の三の各建物が申立人らに対し分割されるときは、申立人らは、相手方うき及び同はつに対し、(2)の三の各建物から退去を求め得る筋合であるが、申立人らにおいては、同相手方らの住居の利便を図るべく、審判外において善処する意向である。

四、本件の遺産として若干の動産類が存在するはずであるが、申立人らはこれが共有持分権を放棄し、またすべての債権についても権利を放棄する。

第二相手方らの主張等

相手方らは、調停手続進行中頑強に遺産分割を拒否し、審判手続の最後の段階において、分割に際し、相手方らの間で分割物件を共有としておくことの是否について意見を徴したところ、相手方うき及び同はつは回答を拒否し、家庭裁判所調査官島崎昭二(第二回)の調査に際し、箇々に分割を求める旨意向を表わし、相手方幾男は、審問における供述として、相手方らの間で分割物件を共有としておくことを希望し、もし個々に分割する場合、相手方幾男から、相手方うき及び同はつに対し即時支払い得べき金員は一〇〇万円が限度であると述べた。

第三調停の結果及び審判の経過

本件調停は、昭和三五年(家イ)第一一四九号事件として係属し、同年六月七日第一回期日以来回を重ねて相手方らの出頭を求めたが、相手方らは出頭しないので、同年八月一六日附をもつて、相手方幾男及び同はつに対し過料の審判をしたところ、相手方うき及び相手方幾男は、同年九月五日の第八回期日に、相手方はつは同月一九日の第九回期日にそれぞれ一回ずつ出頭したけれども、全く調停に応じる意向を示さず、その後の期日に引続き出頭しないので、同年一〇月一一日の第一一回期日において調停不成立として終結し、本件の審判手続に移行したものであるが、本件事案の特性に鑑み、本官が事件引継を受けた後更に合意の調整を図つたところ、申立人花及び同きみは(1)の三の宅地のうち約半分をもつて満足する意向を示すにかかわらず、相手方らは、この大幅な譲渡に対してすら容易に承諾の意思表示をしないので、止むなく審判を行うにいたつたものである。

第四理由

一、申立書添附の筆頭者亡長井辰男、同長井和男、同亡山田信男及び同亡小川又八の各戸籍謄本を総合すると、被相続人長井辰男は、昭和三〇年五月一五日に本籍地において死亡したこと、辰男の相続人は、妻たる相手方うき、長男たる相手方幾男、長女たる申立人花、二男亡又八(昭和一九年五月一七日戦死)の長女たる申立人ちづ、二女たる申立人きみ及び三女たる相手方はつであると認めることができるので、これら相続人の法定相続分は、相手方うきが三分の一、その余の当事者がおのおの一五分の二づつであることが明らかである。

二、ところで、申立人ちづの母たる小川美津は、昭和三五年八月二一日調停手続進行中に、相続分放棄書なる書面を提出し、辰男の遺産について権利を放棄する旨の意思表示をしたもののところ、もともと美津は辰男の相続人でないから、この書面は全く意味のないものであるが、この場合の美津が申立人ちづの法定代理人たる資格においてしたものとしても、法定の相続放棄の手続に該当しないこと言うまでもなく、あるいは仮にこの書面による意思表示をもつて、本件遺産の個々の物件の共有持分権を放棄したものと解しても、それは、他の当事者に対する直接の意思表示でない(この点については後記一〇参照)から、実体上の権利変動を生じないものと言うべく、申立人ちづは、本来の相続権を有するものとして審判すべきものである。

三、そうして、後記添附の本件遺産にかかる各登記簿謄本、申立外林英一所有名義の建物の登記簿謄本及び家庭裁判所調査官島崎昭二の調査(第一、二回)の結果を綜合すると、

(イ)  別紙物件目録表の各物件が辰男の遺産である(但し(1)の二(イ)の宅地部分については、後記四参照)が、(1)の三の建物については、南税務署長が昭和三八年五月四日附をもつて、本件相続税の滞納処分として、差押を行つている。申立の原因一の(い)(ろ)の建物は、戦災に因り焼失したものである。

(ロ)  (1)の一の各土地は、現在何ら利用することなく、放置せられてある。

(ハ)  (1)の二地上には、(イ)部分に木造瓦ぶき二階建店舗兼居宅一棟(建坪一五・四三坪、二階坪同一)-以上(甲)建物と略称する-(ロ)部分に木造瓦ぶき平屋建店舗兼居宅一棟(建坪一三・五七坪)-以下(乙)建物と略称するが-昭和二三年中に建築せられて現存し、この両建物については、いずれも林英一が所有権保存登記をしており、(甲)建物はこれを林が使用してガラス商を営み、(乙)建物は辰男存命中は同人が、相手方はつの手助けを受けて茶道具商を営んでいたもので、辰男死亡後は、相手方はつが永年この建物に居住して辰男の営業を承継してきたが、昭和二八年五月中に、相手方幾男が、相手方はつに代つて、この建物に居住し、従前からの営業を継続している。

(ニ)  (1)の三地上には(2)の三の各建物が現在し、そのうち(ハ)及び(ニ)の建物は、戦前からあるものであるが、(ロ)の建物は戦後辰男が財産の一部を処分した代金をもつて建築したもので、南税務署長の嘱託により保存登記がなされており、辰男存命中から相手方うき及び相手方幾男が、相手方幾男の長男たる平介とともにこの建物に同居し、(ハ)及び(ニ)の建物をも使用してきたもののところ、上記のとおり、相手方幾男が(乙)建物において茶道具商を営むようになつてから、相手方はつが、相手方うきと同居しており、これら(2)の三の各建物には相手方幾男の身廻品たる動産類をも現存しており、相手方ら三名がこれら各建物を占有しておる。

(ホ)  (1)の四地上には、(2)の四の(ロ)及び(ハ)の両建物が現存しており、それは戦前からの貸家であつて、第三者に賃貸中のものである。

などの事実を認めることができる。

四、さて、上記のごとく、(1)の二の宅地には、林の建物が現在しているが、この宅地の(イ)部分について、林は、(乙)建物と相互に所有権を交換したものであると主張し(林英一に対する第一、二回審問の結果)本件の当事者らは、いずれも、(イ)部分は、林に貸してあるもので、その地代は、(乙)建物の家賃と相殺せられてあるものと主張し(島崎調査官の第一回調査の結果、嘱託による大辻調査官の調査の結果及び申立人山田きみに対する審問(第一回)の結果)双方に争があり、当事者側の主張する権利関係では果してその契約が何時なされたか、その契約の終期が何時となるかとの点で疑があるが、一方林が(乙)建物について保存登記(登記の日時は、その登記簿謄本によると昭和三二年三月一九日)を行つていることは、同人の主張の内容と矛盾し、いずれの主張が正当であるかは、職権主義の審判手続においては、容易にこれを確定しがたいもののところ、あるいは、当初昭和二三年中に、辰男と林との間で(1)の二の宅地の半分約二八・五坪を、他の半分に、林が辰男のため、自己のものと略同一の住宅兼店舗を建築して、これと交換することの大体の合意ができたところで、林はこの合意の趣旨に反し、そのうち過半分である三二坪部分に自己使用の(甲)建物を建築し、辰男には、甲建物と比べて一段の規模の小さい(乙)建物を建築したので、辰男は、林の不信を責め(島崎調査官の調査(第一回)における相手方幾男の供述)、双方間の最終的な合意のなされないまま、事実上(イ)部分の地代と、(乙)建物の家賃を相互に請求しない状態を継続するうち、辰男が死亡し、林は、到底(イ)部分の所有権が自己に在ることの証明の困難を知つて、(乙)建物の敷地(ロ)部分に自己の使用権を確保する趣旨で、(乙)建物について保存登記を行つたものと推測することができないこともなく、上記(3)の(イ)のとおり、(1)の二の宅地は、その全部が一応辰男の遺産であると認定したもののところ、(乙)建物について林の保存登記があるとしても、上記推測事実によつては、辰男が林のため(ロ)部分について使用権を設定したものとは、到底解しがたく、少くとも(乙)建物が朽廃したときは、(1)の二の宅地の所有者は、自ら自由に新しい建物を建築し得るものと言うべく、それまで、現在の事実状態が継続するものとするかぎり、この宅地の所有者は、林に対し、(イ)部分の地代の支払の請求をなし得ないとしても、(乙)建物の家賃の支払義務を免れ得て、両面の利益を衡量するとき、(イ)部分は賃貸し、(ロ)部分について完全な所有権を有すると同一の権利内容を有するものと解することができるので、時価の評価においても、その前提でなさるべく、この宅地について、このように不明確な特異の権利関係が、それも推測の限度において存在することにより、この宅地を部分的に分割し、または用益的にも分割することを不能ならしめ、本件の遺産分割が著るしく困難となつたものである。

五、ところで、辰男の遺産として別紙目録表(1)及び(2)の不動産の他に、若干の動産類が存在することは、十分推測できるところであり、また、第一銀行心斎橋支店に対する照会により、辰男名義の預金がその死亡当時普通預金として一一、二六二円、当座預金として若干及び定期預金として一〇〇、〇〇〇円存在していたこと。日本勧業銀行大阪南支店に対する照会により、辰男名義の預金が、その死亡当時普通預金として三〇、五二九円、定期預金として六〇、三一八円存在していたことが明らかであるが、申立人らは、いずれも、動産類及び債権についての権利を放棄する旨述べて、これら遺産を分割の対象から除外することを申立てており-もつとも、可分債権は当然分割される見解にしたがえば、申立がなくても除外すべきである。-この申立により、これら権利の放棄の効果が生じるかどうかは別として、相手方らからもこれが分割の申出をしない本件において、動産類及び債権は分割の対象から除外して、以後の判断を行うものとする。

六、家庭裁判所調査官大辻晶の調査の結果、同島崎昭二の調査(第一、二回)の結果、上記各戸籍謄本、申立人山田きみに対する審問(第一、二回)の結果を総合すると

(イ)  相手方うたは、上記のとおり、本件相続開始前から、(2)の三の建物に居住しており、職業はなく、上記のとおり、従前は相手方幾男と最近では相手方はつと同居しているが、その生活費の負担関係は明らかでないけれども、(2)の四の建物の家賃を収得し、戦死した二男善男の遺族扶助料の支給を受けており、多分に、自己の生活費の大部分を、この収入により賄つているものである。

(ロ)  相手方幾男は、商業学校を卒業し、終戦前は、辰男の営業を手伝い、その後昭和三八年中まで大丸百貨店に勤務して暫く徒食していたが、上記のとおり、現在は、(乙)建物において長男平介とともに、茶道具商を営んでおり、妻ミツと昭和二〇年七月に死別し、それ以来独身であつて、系類は上記平介だけである。

(ハ)  申立人花は、幼時本家たる長井庄平とその妻ふゆ夫婦の養女となり以来養家において生育し、高等女学校の教育を受け、昭和七年一月にむこ養子たる和男と婚姻し、その間に三男一女をもうけ、永く養父母伝来の洋家具商を営んでおるが、和男は病弱であつて、店舗は保証債務の債権者から差押えられ、経済的に困窮して、本件の遺産分割が早急に実施せられることを希望している。

(ニ)  申立人ちづの亡父又八は、幼時小川ひのの養子となつたが、ひのが間もなく死亡し、その後は実家において成育し、商業学校を卒業し、辰男の営業の手伝いをしていたが、昭和一八年一二月に美津と内縁関係に入つて間もなく応召して出征し、昭和一九年五月に戦死し-婚姻届は、委託確認の方法により後日なされた-ちづは、又八の出征中に出生したもので、美津の手で養育せられ、彦根中学校を卒業し目下就職しており、家産として住宅一戸があり、美津の工員として得る収入及び又八の遺族扶助料があるけれども、家計は裕福ではない。

(ホ)  申立人きみは、高等女学校を卒業し、その後間もなく山田信男と懇ろとなり、昭和一七年四月に、辰男と相手方うきの反対を押して婚姻し、長女美子をもうけたが、信男が昭和二四年一一月に死亡し、その後は、亡夫の遺産を売つたり、行商をしたりして自らの生活を支え、美子を養育して来たもののところ、昭和三〇年頃に亡夫の遺産たる住宅をも終に手放し、以後は借家住いをし、当時からキャバレーの社交係に就職しており、美子に高等、学校の教育を受けさせ、同人は目下就職しているが、その手元は豊かとは言えない。

(ヘ)  相手方はつは、高等女学校の教育を受け、さらに生花、茶の湯の修業をして教師の免状を受けているもので、上記のとおり、辰男存命中は茶道具商の手伝いをし、同人の死亡後は、その営業を受け継いで来たが、目下は相手方うきと同居して徒食しているもののごとく、多分に、当分のところは、従前の貯蓄を生活費としているものである。

などの事実を認めることができる。

七、そこで、当事者の特別受益の贈与を検討すると

(イ)  上記認定により明らかなとおり、相手方幾男、申立人きみ及び相手方はつは、いずれも旧制中学校卒業の教育を受けているが、幾男の往年の家計において、子たる当事者に中等程度の教育を施したことは、格別多額の負担でなかつたもので、親権者として当然の義務の範囲に属するものであつたと解せられ、これをいわゆる生計の資と解することはできないので、これら教育に充てられた費用を、上記当事者の特別受益と認めることはできない。

(ロ)  家庭裁判所調査官島崎昭二の調査の結果(第一回)によると、又八が生前、後に戦災により焼失した貸家一軒の贈与を受けたものではないかと認められぬこともないが、又八の責によらない事由に因り滅失したものであるから、この場合も、申立人ちづの特別受益とすることはできない。

(ハ)  家庭裁判所調査官島崎昭二の調査の結果(第一回)に、申立人きみに対する審問(第一、二回)の結果を総合すると、申立人きみが婚姻に際し、式服二枚(化繊混織)たんす一棹水屋一箇及び台所用品若干を嫁入仕度品として贈与を受けた-それ以外にたんす一棹、ミシン一台衣類若干を持参したが、それはいずれも従前使用していたもので、嫁入仕度品として考えることは適当でなく、そのうちミシン一台は、相手方はつに贈与した-もので、その価格は、詳らかでないが、当時の価格として多分に数百円のものであつたと推測されるもののところたんすは戦災で焼失し、水屋は昭和三二年頃に古物として一〇〇円足らずの価格で処分し、台所用品は消耗し式服は現在保存しているがその価格は言うに足りない-衣料品の出廻つた今日類似の市販品はなく物が物だけに利用価値も売買価値もきわめて少ない-もので、水屋、式服及び台所用品の相続開始当時の価額は、どのように高く見積つても、新品としても三〇、〇〇〇円まで、中古品としてはたかだか二、〇〇〇円を出でないものであつたと認めることができるもののところ、この特別受益は、本件遺産の相続開始当時の価額約七四〇万円に比べて極めて少額であつて、相続分の算定にほとんど影響のないものであるから、この場合も特別受益はないものとして算入をしないものとする。

八、さて、民法第九〇三条の規定の立言から言えば、遺産分割の際なされる評価は、相続開始時の時価によるものとなされていると解されぬこともないが、分割を代金で分割するときはもちろんのこと、いわゆる価格分割の方法により、一部の当事者が他の当事者に相続分相当の金銭債務を負担する場合、その金額は分割時の時価によりなされねばならぬこと極めて当然であつて、他に理由は数々あるけれども、この一事をもつても、遺産分割の評価は、分割時の時価によりなさるべく、民法第九〇三条の法意は、いわゆる持戻財産を本来の遺産に加えて、法定相続分と異る当事者の具体的相続分を算定するため、その時期を定めたものと解することができるので、特別受益者のない本件においては、分割時の時価をもつて相続分を算定すべきもののところ、鑑定人佃順太郎の鑑定の結果(第二回)によると、別紙物件目録表(1)及び(2)の各物件の価格は、同各表の時価欄のとおりであつて、合計二六、四四七、八六四円となり、これを当事者の法定相続分に割当てると、相手方うきが八、八一五、九五五円その他の当事者が、おのおの三、五二六、三八一円づつとなるものである。

九、さて、ここで分割案を考慮することとなるが、上記のとおり、(1)の二の宅地が総体の三分の二以上の価額であつて、従前の使用関係から考えるとき、この宅地は、相手方幾男と相手方はつの共有としておくことが望ましく、またこれを相手方ら三名の共有としておくことができれば至つて簡明な分割ができるのであるが、相手方うき及び相手方はつは個々の分割を希望しているので、これら方法によることはできないが、さいわい、申立人らは、いずれも、(1)及び(2)の各三の宅地及び建物の分割を得るときは、相手方幾男のため、差額補償金の請求権を放棄するとしており、この場合、相手方うき及び相手方はつの住居の確保についても、善処する用意があるとの意向を示しており、また、仮に相手方うき及び相手方はつが(2)の三の建物を即時明渡さねばならぬとしても、現下の住宅事情では、若干の権利金の負担をすることにより、比較的容易にアパートの類を借受けられるので、相手方幾男に対し、(1)の二の宅地を単独所有せしめて、他の当事者に差額金を補償せしめ、申立人ら三名に対し、(1)及び(2)の各三の宅地及び建物を持分権平等の共有として取得せしめることを基本的な分割の方法として採用し、相手方うきに対しては、(1)及び(2)の各四の宅地及び建物を単独所有せしめ、また相手方はつに対し(1)の一の各土地を単独所有せしめるものとすると、相手方幾男は、相手方うきに対し、七、八七二、八二一円、申立人ら三名に対しそれぞれ一、五三四、五四一円づつ、相手方はつに対し三、三八三、二五一円の債務を負担することとなるものである。

一〇、ところで、相手方幾男がこのような多額の補償金を一時に支払うことができないことは、当然のことと推測されるところ、申立人らは、このことを予想して、相手方幾男に対する補償金請求権を、(1)の二の宅地(イ)部分について、それが本件遺産でないことに確定された場合の担保責任を免れることを条件として、放棄する旨申立てており、この主張は、条件附債務免除の意思表示と解せられるもののところ、もともと審判手続における当事者の主張は、民事訴訟手続において口頭弁論による陳述、または準備額面の送達によりなされる当事者の意思表示と異り、直接相手方に対するものでないから、この申立人らの債務免除の意思表示によつては、いまだ実体上の権利関係に変動があつたものと解することはできないので、本件審判の主文において、この債務が存在することを宣言せざるを得ない-申立人らは、本件審判が確定してから、相続税の納付手続を行つた上、別途適当な方法により、この債務免除の意思表示をするか、または、幾男をして、(1)の二の宅地の(イ)部分について、申立人らが担保責任を免れることを確約せしめて、契約の方法により債務を免除すればよい-が、この間の事情を参酌して、審判主文において、この債務名義たる履行命令の項を省くものとし、また、相手方うき及び相手方はつに対する補償金についても、相手方幾男をして、その一部を即時に支払わしめ、残余の大部分を相当期間据置かしめ、その間民事法定利率による利息金を支払わしめるよう工夫するものとし、相手方幾男をして、相手方うきに対し、即時に一九二、八二一円を支払わしめ、残金七、六八〇、〇〇〇円は五年間の据置とし、相手方はつに対しては、即時二六三、二五一円を支払わしめ、残金三、一二〇、〇〇〇円は五年間据置くものとする。(もちろん、当事者間において、この審判の内容と異る合意をなすことは自由であつて、相手方らが、協力一致して、現に相手方幾男が運営中の営業を盛り立ててゆくことができれば、まことに喜ばしいことである。)

一一  なお、申立人らは、相手方うき及び相手方はつの住居の便を考慮して善処することを申出てておるけれども、本件調停及び審判手続中における相手方らの非協力的態度から推察して、相手方らが、申立人らの好意をたやすく受入れず、却つて本件審判の結果に承服しない場合があるとも考えられないこともないので、申立人らの共有となるべき(1)及び(2)の各三の宅地及び建物について、相手方らに対し明渡しの履行を命じることとし、審判費用のうち鑑定人佃順太郎に支給した鑑定費用は一五分し、当事者の法定相続分に按分して負担せしめるものとし、以上をもつて、主文のとおり審判する。

(家事審判官 水地巖)

別紙

物件目録表(1)-(土地)

整理番号

所在地

地目

地積

時価

分割

堺市北条町一丁○○番地

山林

二畝

一〇歩

二七

三〇〇円

相手方長井はつ

同 所○○番地

原野

一四

四六〇

同右

同 所○○番地

同右

〇四

一三

二七〇

同右

同 所○○番地

同右

〇七

四九

五三〇

同右

同 所○○○番地

同右

二一

一九〇

同右

同市百舌鳥陵南町二丁○○○番地

山林

二二

三一

九八〇

同右

同 所○○○番地

同右

一九

四一〇

同右

大阪市南区畳屋町○○番地の二

宅地

三二坪

〇合

〇勺

三八六

〇八〇

相手方長井幾男

同上

同右

二五

一四

〇〇〇

〇〇〇

同右

同市住吉区住之江町三丁目○○番地の一

同右

一六六

九八八

四〇〇

申立人三名共有

同 所四丁目○○番地

同右

六三

七〇八

七五〇

相手方長井うき

備考 (イ) 二の宅地は、公簿上五七坪六勺一筆の宅地であつて、(イ)部分は林英一、(ロ)部分は相手方幾男がそれぞれ使用中である。

(ロ) 申立人三名共有の持分の割合は、三分の一づつである。

物件目録表(2)-(建物)

整理番号

所在地

家屋番号

種類構造

床面積

時価

分割

大阪市住吉区住之江三丁目○○番地の一

○○番の二

木造瓦ぶき

平屋建居宅

一八坪

〇合

二勺

二一六

二四〇円

由立人三名共有

同 所

同右附属建物

(一号)

木造瓦ぶき

二階建倉庫

九九

二八

一〇

七六〇

四〇〇

同右

同 所

同右附属建物

(二号)

木造瓦ぶき

平屋建物置

一〇

四八〇

同右

同所四丁目○○番地

○○番の二

(三号)

木造瓦ぶき

二階建居宅

一一二九

九六

五二

相手方長井うき

同 所

○○番の三

(四号)

同上

七九

一一

四二

二三四

三八四

同右

備考 (イ) 床面積上段い一階、下段は二階を示す。

(ロ) 申立人三名共有の持分の割合は、三分の一ずつである。

(ハ) 四の(ハ)の建物は、同(ロ)の建物の附属建物である。

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